普段、私は「幸村くん」と呼び、「さん」と呼ばれる。でも、部活では「幸村部長」と呼び、「」と呼ばれる。部活の方が集中できている所為か、部活で普段の呼び名を使うことはないけれど、普段の生活では、うっかり部活の方の呼び名を使ってしまうことがある。
私が間違えてしまったとき、幸村くんは笑顔で「どうしたんだい、さん?」と落ち着いて返してくれる。それで私も気が付いて、少し照れ笑いしながら、言い直したりする。
だけど、幸村くんが間違えてしまったときは、私の中で“部活スイッチ”が入っちゃうから、思わず「はい、幸村部長!」なんて答えてしまう。そんな私の返事で幸村くんが気付き、また落ち着いた笑顔で謝りながら、言い直してくれる。
真田くんに対しても、部活では「真田副部長」と呼び分けてるんだけど。真田くんとはクラスが違うから、間違える機会が少ない。それに、真田くん自身は私のことを、いつでも「」と呼ぶから、間違われることがない。
だから、同じクラスの幸村くんとは、お互いに、間違えてしまうことがちょくちょく起きちゃうんだ。

こんな面倒なこと、しなければいいとも思えるけど。意外と私は、この言い換えが気に入っている。部活と普段との切り替えができるし、それに何より・・・・・・。幸村くんに、そう呼び分けられるのが好きなんだ。
」と呼ばれるときは、マネージャーの私も、部員と同じように接してくれるんだと思えて嬉しい。そして、「さん」と呼ばれるときは・・・・・・、その・・・・・・、女の子扱いしてもらえているようで嬉しい。私は、幸村くんのことが好きだから・・・・・・。
もし「」としか言われなかったら、部員と対等であると同時に、男の子に対する扱いとも一緒になってしまう。それは、ちょっと寂しい。だからと言って、「さん」としか言われなくても、今度は部員と同じように扱ってもらえないことが寂しいと感じる。
自分でも、すごくワガママなことを言ってるな、とは思う。だから、幸村くんは無理に呼び分けなくてもいいのに、とも思う。でも、実際は幸村くんも当たり前のように、そうしてくれている。・・・・・・幸村くんが面倒に感じていなければいいんだけど。

そんな心配をしていると、突然横から声をかけられた。



さん?」

「わっ!!ゆ、幸村くん・・・・・・!!ど、どうしたの??」

「ここに来るまで、全然俺に気付かないぐらい思い悩んでいるようだったから、どうしたのかと思って。」



きっとここには、部長として、部員の様子が心配だということも含まれているんだろうけど。「さん」と呼ばれることで、女の子としても接してくれているのかなと思えた。
こういうのが嬉しいんだよね、って考えてただけだから、大したことを思い悩んでいたわけじゃない。それに、単純に幸村くんが話しかけてくれたことも嬉しくて、私は笑顔で答える。



「思い悩んでないよ。ちょっと考え事はしてたけど。」

「考え事?それは俺に言えないことなのかな?」

「ううん、そんなことないよ。ただ、私たちって、普段と部活で呼び方が違うでしょ?そのことについて考えてただけ。」

「・・・・・・もしかして、さんは嫌だった?」

「ううん!違う違う!私はいいと思うよ。気持ちの切り替えができるし。ただ、幸村くんは面倒じゃないのかなーっと思って。」

「全然。普段は『さん』の方が言いやすいんだけど、部活とか集中した場面だと、自然に『』って呼んでしまうだけなんだ。」

「自然と?」

「そうだね。ほぼ無意識的、と言っても過言じゃないよ。」

「じゃあ、面倒には思ってないんだね!よかったー・・・!」



幸村くんの答えを聞き、私は一安心する。これで、考え事は解消だ。
でも、幸村くんはまだ私を心配してくれた。・・・・・・本当、優しいよね。



「そう言うさんは?面倒に思ってないのかい?」

「私?そうだね、私もほぼ無意識的、って感じかな。だから、面倒に思ったことはないよ?」

「それはよかった。」

「でも、普段は時々間違えちゃうってことは、部活での呼び名の方がより無意識的なんだろうとは思うね。」

「・・・・・・それは、俺もそうかもしれないな。」

「でしょ?」



楽しそうに笑う私に対して、幸村くんもニッコリと笑う。だけど、次にその笑顔と共に発せられた言葉の意味は理解できなくて、私の顔は疑問符を浮かべたような表情に変わった。



「じゃあ、実験してみようか。」

「実験??」

「そう。本当に部活での呼び方が無意識に近いのかどうか。」

「・・・どうやって?」

「それは・・・・・・。」

「それは・・・?」



幸村くんは相変わらず笑顔だ。でも、それは悪戯を考えている子供のようにも見えるし、逆に大人っぽい妖艶な感じにも取れて、私はゾクリとした。鼓動も強く、速くなっていく・・・・・・。



「呼び方をもう1つ増やしてみるんだよ。」

「増やす?呼び方を??」

「うん。その呼び方にもつられなければ、部活中の呼び方が1番自然に言えるんだってことがわかるだろう?」

「そうかもしれないけど・・・もう1つの呼び方って??」

「そうだな・・・。例えば・・・・・・2人きりのときは、下の名前で呼び合う、とか。」

「下の・・・名前・・・・・・。」

「ここは教室だけど、今は近くに誰もいない。こういうときは、誰にも話を聞かれていないだろう?だから、名前で呼び合うんだ。俺はさんのことを『』と・・・。そして、は・・・?」



急に名前で呼ばれて、また私はドキッとした。今までだって幸村くんのことは好きだったけど、今この瞬間、もっと気持ちが大きくなった気がする。
だからなのかな?何となく、幸村くんから目を逸らすことができず、きっと、うっとり・・・とでも表現できそうな視線を向け続けていた。



「精市・・・。」

「うん、よくできたね。」



そんな私が半ば放心状態で名前を口にすると、幸村くんはまるで、先生が生徒を、あるいは親が子供を褒めるかのようにそう言った。



「それで・・・試してみる?」

「・・・・・・いいけど・・・。これ、教室や部活で呼び間違えちゃったら・・・・・・。」

「たぶん、付き合ってるとか、思われるだろうね。」

「そ、それはマズイんじゃ・・・!」

「俺は一向に構わないよ。何なら、わざと間違えようかな。」



優しい笑顔に見えるけど、たぶん、これは普通の人で言うなら、何かを企むニヤリとした笑いの方だ。
でも、私は幸村くんの、こんなところも大好きなわけで・・・・・・。



「それじゃ、実験にならないよ。」

「それもそうだった。」

「だけど・・・・・・実験だから。間違うかもしれない。」

「そういうことだね。」

「そのときは・・・・・・本当にいいの?」

「何が?」

「だから、その・・・・・・付き合っている、って思われてもいいの?」

「もちろん。は?」



幸村くんは昔からそう呼んでいたかのように、自然と私の名前を言った。だけど、私は呼ばれ慣れてないから、やっぱりドキドキしてしまった。
こんなにも私の心は動かされる。それほど大好きなんだ。だから。



「・・・・・・私もいいよ、精市。」

「そうか。ありがとう。・・・・・・でも、本当にいいのかい?こんな俺で。」



今までのやり取りを少し反省しているのか、少し自嘲染みて幸村くんは確認した。
だから、そんな必要ないのに。



「当たり前じゃない!・・・・・・むしろ、私なんかでいいの?」

「当然。俺はがいいんだよ。」

「私もだよ。」

「ありがとう。」

「こちらこそ。」



こうして、少し変わったきっかけではあるけれど、嬉しいことに、私たちは付き合うことになった。

ちなみに実験の結果は・・・・・・。



「ごめん、。」

「どうしたの?」

「この間、赤也たちとの話をしているとき、うっかり下の名前で呼んじゃってね・・・・・・。だから、俺たちのことはバレてしまったよ。」

「いいよ。別に隠したいわけじゃないんだし。それより、それは部活中の話?」

「いや。あれは・・・・・・部活が終わった後、だったね。だから、俺も気が抜けたのかもしれないな。」

「ふふ・・・、精市でもそんなことがあるんだ。とにかく。今の所、2人とも部活中では間違ってないってことだね。」

「そうなるね。でも、まだわからないから、もう少し様子を見ようか。」

「うん!」



少なくとも、普段は言い間違えてしまうことがあるんだってわかった。だから、やっぱり、部活中は無意識的に近いと言えそうだけど、まだ断定はできない。というわけで、実験は継続中だ。

そういえば。精市からこの話を聞いてから、切原くんたちがあまり私に話しかけなくなったように思えるんだけど・・・・・・。



「ねぇ、精市。もしかして、みんなに気を遣わせちゃってる?それとも、私の気のせい??」

「・・・・・・どうだろう。たぶん、気を遣ってくれてるんだと思うけど。」

「だとしたら、みんなに悪いし、何より私が寂しいから、今まで通りでいいんだよ、ってちゃんと1人1人に言っておかなくちゃ!」

「それなら、俺も一緒に行くよ。」

「うん、そうだね。2人とも、今まで通りでいいと思ってる、って伝えた方がいいもんね!」

「・・・・・・まぁ、みんなの態度が変わることはないと思うけどね。」

「そうかなー?」

「みんな、そうせざるを得ないだろうから。」



すごい確信をもっているらしく、精市は綺麗に微笑んでそう言った。
う〜ん・・・・・・。たしかに付き合っている2人が近くにいたら、自然と気を遣っちゃうかも。だから、精市の言うように、みんなは今まで通りの方が難しいのかな・・・・・・???













 

最後、どうして幸村さんは確信をもって、そう言えたのか。また、幸村さんは本当に、“うっかり”切原くんたちの前で下の名前を呼んでしまったのか。・・・皆様のご想像にお任せします(ニヤリ)。
というわけで、やっと幸村夢のちゃんとしたものが書けました!本当、私は幸村さんが好きなので、ここまで書かないとは意外でした(笑)。今後も、少しずつ増やしていきたいですね!

ちなみに、今回のタイトルは・・・まぁ、どうでもいいんですけど(笑)。某翻訳サイトで「私と実験しませんか?」を英文にしたものです。しかし、この英文を和訳してみると「あなたは私を実験するでしょうか?」になりました。withの訳し方で、こうも意味が違うとは・・・(汗)。
私は英語が苦手なので、この文が正しいかはわかりませんが(苦笑)、2つの意味があっても面白いかなと思い、こんなタイトルにしてみました。

('10/03/14)